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大都会東京奇譚 東京の下に眠る記憶

  • 5月30日
  • 読了時間: 16分

更新日:6月6日


私が育った場所、大田区山王と港区三田と芝大門の地形と歴史について調べていたら、山王に岸谷五朗さん・奥居香さんが住んでいるという一文を見かけました。まず最初に思ったのは「え、いつの間に?」でした。私、あんまり芸能人にはしゃぐタイプではないですし、ファンというわけでもなかったのですが、当時プリンセス プリンセスの大ファンの友人が何人かいて、その子たちと一緒にいる時は奥居香さんの歌う曲を頻繁に聴かされていたせいか、青春を過ごした時間を思い出してしまい、懐かしさと感慨深さを覚えました。


何故、地形や歴史などを調べていたかというと、納涼にはまだ早い怪談話の裏付けを取るために「歴史」を調べていたのですが、いつの間にか興味が「地形」の方に移ってしまってたというわけです。私は興味を持った物事は、納得するまで徹底的に調べますが、歴史を深掘りしていると、次第に関心は地形へと向かって行くものですよね。しかし、最初に調べていたのは山王や三田や芝大門ではなく、夫の地元である新宿区某所についてでした。


山王は私の父の実家で、私のメインの家です。三田は母の物件で、芝大門は事務所扱いの生活空間でした。(私の実家は不動産会社を経営していたのでね)地方から戻った弟は再び芝大門に住んでいます。私は高校生の時に六本木のHOT CROQUETTE(ホットコロッケ)というレゲエバーにハマっていて、いつも徒歩で六本木から増上寺の横を抜けて芝大門に出ていました。電車に乗るより早かったからです。増上寺横を通らずに家に帰る道も他にありましたが、遠回りになるので、迷ったけれど増上寺コースを選んで帰っていました。


その側道沿いに1300体もの風車を持ったお地蔵さんがズラーッと並んでいるのです。しかも側道の方を向いているので、歩いていると、私の顔の真横を、こちらを向いたお地蔵さんが次々と流れていくような感じになります。


お地蔵さんは子育て地蔵だと聞いていたので、「なーんだ、怖いものじゃないんだ」などと思っていましたが、背後に強い気配を感じることが何度もあったのと、ずっと背後から誰かがついて来る感じがあったので、毎度振り向いてみても誰もいない。「気のせいかな?いや気のせいじゃない!絶対いる!」って感じで、全速力でその道を通り抜けていました。それを何度体験しても慣れませんでした。そして風が吹く日は、1300体のお地蔵さんが持つ風車がカサカサカサカサ!!って一斉に音を立てて回るのです。暗闇の中、突然そんな音がすれば流石にビビりますよ。


そんな道を夜中の11時台に歩いていたのです。電灯があまりなく、かなり暗かったので、お地蔵さんの顔がはっきりと見えることはありませんでしたが、そこに徳川将軍家のお墓があることにも気づけませんでした。正確にいえば、徳川将軍家のお墓が増上寺にあることは知っていたのですが、私が通っている道の横にあるとは思っていませんでしたし、「徳川家なら、戦国時代は興味ないけど、江戸時代は大好きだからまあ大丈夫!」などと謎の理論で自分を納得させていました。実はすっごく怖かったのですが、遠回りして帰るのが面倒だったので、増上寺コースで帰っていました。その頃は邪気や霊障などについて全く考えが及ばなかったということもあります。


後になり、この事を思い出して増上寺について調べたところ、私が歩いていた道は元は霊廟群があった場所でした。1945年の空襲で焼失する前の増上寺は、巨大な霊廟建築群であり、国宝に指定されていました。現在のプリンスホテルの敷地の一部もそうで、そこは六代家宣、七代家継、九代家重、十二代家慶、十四代家茂などの徳川将軍家のお墓でした。現在の将軍家のお墓には、さらにニ代秀忠、そして正室と側室など合計38人が眠っています。


どおりで変な感じがしたわけだ!と思いました。「増上寺の中じゃないし、お墓の中を通っているわけじゃないし、プリンスホテルの横だし大丈夫!」というのが実は気のせいで、私は知らずにお墓だった場所のど真ん中を走り抜けていたのです。しかも徳川家の。


お墓には変な雰囲気を感じたり、何か変なものを見てしまう事はよくあると思いますが、六本木にひしめくお店は、お墓でもないのに、あの世的な現象が頻発する場所だと思いますよ。それは変な地形のせいだと思っています。訪れてみればわかると思いますが、六本木は地形が入り組んでいるので、エネルギーの通りが悪くてネガティブなエネルギーや、感情や想念思念の残留物が淀みやすいのだと思います。


六本木界隈でエネルギーが安定しているのはミッドタウンくらいですかね。ちなみにミッドタウンは毛利家の下屋敷、六本木ヒルズは毛利家の上屋敷の跡地で、この毛利家は藩違いです。で、そこでちょっと興味が湧いたので調べました。ミッドタウンも六本木ヒルズも、成功者たちが住んでいる場所ではありますが、私は六本木ヒルズの一部が好きじゃないのです。時々ネガティブなエネルギーを感じるからです。後ろが崖みたいになっている地形も嫌。


それで分かったのは、六本木ヒルズの毛利家のお屋敷では10名が切腹したということ。忠臣蔵が好きな人はご存知だと思いますが、どうやらこの話はあまり知られていないようですね。そのお屋敷のあった場所を見て、「ああ、あの妙な波動はその事が原因かぁ…。」と思いました。


さらに、六本木ヒルズの毛利家は石高は約5万石、長州藩主家から分かれた分家ですが、ミッドタウンの毛利家は約37万石、幕末の長州藩そのものです。あえて言葉を濁しますが、これね、土地の記憶(波動)に影響していると思いますよ。調べてみて「なるほどな!」と思いました。


ちなみに、高校生でそんなに遅くまで出歩いていて親に怒られないのか?と思うかもしれませんが、毎週というわけではありませんし、仲が良かった友達の家がそれぞれ赤坂と南麻布、白金でしたので、その中の誰かの家で勉強してから六本木に行くことも多かったです。お酒とタバコは絶対に嗜みませんでしたしね。(私のポリシーに反しているから)毎回ジャマイカから来たバンドがステージに立つので、まさにライブに行ってる感覚だったわけです。ホットコロッケが六本木の端っこ(飯倉片町)にあったのも気に入っていました。また、40代に入ってから思いがけない偶然が発見しました。




三田という地名は目黒区にもありますが、ここでは港区の三田です。母が高校生だった頃から住んでいた場所は、東京湾が見渡せる坂の頂上です。あの周りはお寺らだけなんですよね。(すなわち墓地だらけ)大田区にはこんなにお寺はなかったと思います。そのせいか、妙な人影を見ることも多かったです。改めて思うのですが、なんでお墓の周りって霊現象が多いのでしょうね。今回はそんな話をこの文章の後半に綴りました。


母も「大学生の頃、お墓の横を通るとよく火の玉を見かけたわよ。雨の日によく見たわね。でも、あれは骨の中のリンが燃えているだけなのよ。怪奇現象なんかじゃないわ。」などと言っていました。


母の言っていたそれは多分、昔の科学で言われていたことであって、今は当てはまらない可能性が高いです。ヨーロッパやイスラムのような土葬文化では、湿気の多い中で腐敗が進む時にガスが出やすいという説もありますが、今の日本は100%火葬文化なので、その説も当てはまりません。


火の玉って本当なんなのでしょうね?なんで見えるんだろう?ちなみに私は火の玉は墓地だけではなく、アスファルトやトンネルの中でも見えます。道路や駅前などあらゆる場所、屋外に限らず屋内でも、そして人のオーラの周りにも見えます。


人影や火の玉よりも、私が少し気になっていたのは、このエリア全体に漂う独特の重さでした。いくらお寺が多い地域とはいえ、それだけでこんな雰囲気になるものだろうかと思い、自宅周辺の歴史を調べてみることにしました。


すると、そこは縄文時代から現代まで人々の営みが続いてきた場所で、港区内でも最も古くから人が住んでいた地域のひとつだったのです。(港区最古は旧石器時代の赤坂です。)


全国にも縄文時代やそれ以前の遺跡は数多くあります。しかし、古代から現在まで人々の暮らしが途切れず続いてきた場所は、それほど多くありません。京都盆地、奈良盆地、大阪平野の一部、鎌倉周辺、そして東京では三田・高輪・白金周辺などが、その代表例です。


ちなみに「三田」という地名は平安時代にはすでにあったそうで、そこに少し感動しました。読み方は「みた」でも、当時は漢字が御田でした。(今も三田には御田小学校ってありますよね。)


三田から高輪にかけては、江戸時代には武家屋敷と寺院が集中した地域でした。現在でも港区最大規模の寺町であり、港区そのものも東京都内でも圧倒的に寺院が集中する地域です。ある意味では、生きるものと死者が長い時間を共にしてきた土地と言えるのかもしれません。


何千年ものあいだ絶えず人が集まり、暮らし続けてきた場所には、人々の想念思念、感情エネルギーの積み重なりのようなものを感じることがあります。ただ、それは私が戦場跡地や災害で多くの人が亡くなった場所などで感じる重さとはまったく質が違います。人が理不尽な形で命を落とした土地に比べれば、ずっと軽く、穏やかで静かなものです。(重いには重いのですが…)



ここまではとってもライトな内容でしたが、これ以降の話はもしかしたら稲川淳二級の可能性があります。


私の夫が生まれ育った街は新宿区某所の集合住宅ですが、夫は幼稚園児の頃からその家が怖くてたまらなかったそうです。当時は幼すぎて幽霊(またはお化け)という概念がなかったそうで、ただ「嫌な感じ、怖い」と思うだけでした。父親の親戚や友人が遊びに来たり、泊まって行くとなるとホッとしたと言っていました。あの家に一人でも多く人がいてくれたほうが安心すると思っていたのだそうです。唯一安心出来たのは幼稚園に行く時だけだったとも言っていました。一体どんな家だよ、って思いますよね。


夜になるとなかなか寝つけず、眠れても夜中に起きてしまうのだそうです。何か心配事があったわけではありません。暗闇の中、眠れずに天井を見ていると、女の人の囁き声が聴こえて来るのだそうです。それも何種類かのパターンで。時には「ふふふふふ…」という笑い声、またある時には話し声、そして風のような音が耳のそばで聞こえてくるのです。たった1回や2回などではなく、かなり頻繁に聞こえてきたそうです。


それが怖くて豆電球(昭和の照明についていたオレンジ色のアレ)を点けてもらったまま寝ていたそうですが、今度は空中に黒いものが動いているのが見えたり、壁にかかっているコートの袖が、ぐわんぐわん揺れるのが見えたりするようになったそうで、あまりに怖くて、途中で母親を起こして「トイレ行きたい」「水飲みたい」と言って怖さを紛らわしていたそうです。はっきりと女の人の姿を見たことも何度もあったそうですが、その女性の服装が現代のものではなかったと言っていました。幼稚園児ながらに寝不足の日々だったそうです。


夏の夜は暑いから、お風呂上がりに窓を開けて、ぼーっと外を見ながら冷たい麦茶を飲んでいると、必ずと言っていいほど、社宅の敷地内に黒い人影を見たそうです。「誰か帰って来たのかな?」と思い気や、ふっと消えるのだそう。そのようなものを家の敷地内で日々多数見ていたそうです。


私の体験ではなく、夫から聞いた体験なので、詳細を上手に伝えられいないかもしれませんね。そして「まだ幼稚園児だったから、きっと気のせいじゃない?」とでも言いたくなる人もいるでしょう。最近その家のことを、私からお母さんに聞いたら、「あの家は気持ち悪くて住みたくなかったのよね。」と開口一番に言いました。お母さんは霊的なものに鈍感ではありません。敏感とまでは行きませんが、お墓に行った時に、あるはずのない遺影が自分のいる背後置かれているのを見て、振り返ったら何もない(誰も来なかったのに)というような体験をたまにします。


小学校入学前、その社宅の土地を壊すために、夫の一家は渋谷区方面に移り住みました。その工事で「敷地内全体から江戸時代の人骨がたくさん出て来た」と父親から聞いたと言っていました。その時、お父さんも具体的な数は知らなかったようで「ただ、かなりの数と聞いた」と言っていたとの事です。考古学者が集まり、調査のため、工事は二十数年ほど中断され、ようやく土地の買い手が工事を始めたのが2000年代でした。


私は直に「人骨はすべて昔の棺(座った形で安置する桶型)に入れられていた」とお父さんから聞き、それなら無念仏などではないから、水辺などに遺体を投げ込んだなんてこともないだろうと思いました。周辺の土地と比較して、そのエリアは谷底のような地形をしていたのでそのように思いました。


その谷底のような地形にも興味があったので調べたところ、やはり江戸時代には、その地に湧き水が出る沼地がありましたが、それは夫が住んでいた土地のすぐ横のエリアでした。というか、その時代に遺体を沼や池に投げ込むのが普通だったわけではありません。(もしかすると時々はあったと思いますが…)江戸時代以前は、山などにそのまま放置しておくことが多かったというだけです。


余談ですが、このような分野の学者(博士)になり、國學院大学で教授をしている長年の友人がいますが、ほんっと、こういう事について話し合いたいです。学者(博士)で教授ともなると知識の差が明らかなので、私ばかりが質問をする側になりがちです。だから控えめにします。私は調べて色々知るのを楽しいと感じるタイプですが、自ら調べようともしない人から、自分が知っていることについて質問されて答えるばかりの状態に陥るのって、エネルギーを取られる感があって、すごく嫌じゃないですか。質問に答えるだけでも労力すごく使っていますからね。


それと、こちらが聞いても無いのに「教えてあげる」っていう感じでくる人も鬱陶しいです。そういう人は自分が有能で重要な存在であることを確認したいのだろうか、と思うことがあります。実は、ヒーリングなどのスピリチュアルな世界では、そうした傾向を持つ人を見かけることも少なくありません。


話が逸れましたが、「あなたが体験した怪奇現象は気のせいではない!」と私が夫に伝えたのは、夫の家があった場所にお寺が2つも並んで存在していた事実を見つけたのと、その土地から出て来た人骨の数が約2000体だったからです。


「かなりの数」とは聞いていましたが、実際には約2000体だったなんて…東京都内では六本木で1000体、大阪中心部では1700体の人骨が出土した事がありますが、都内だけでなく全国的に見ても、かなり大規模な墓地跡だった可能性があります。そんな上で何年も住んでいたら、寝不足になっても不思議ではありません。


その周辺は下級武士や伊賀者(忍者)などが多く住んでいた地域で、出土した人骨も、その土地の檀家の人々である可能性が高いようでした。それにしても埋葬数があまりにも多い。そこで「この2つの寺は一体どれくらいの期間そこに存在していたのか」と思い調べてみたところ、1600年代半ばから1900年代までの約250年もの非常に長い時間、その場所に存在していたことがわかったのです。(ガチだぞ)


そこで色々と疑問が浮かびませんか?なんで広大でもない土地に2000体も埋めることが出来たのか?最初に社宅を建てる時に基礎を掘らなかったのか?という事などなど。個人的には、社宅を取り壊すまで人骨が出土されなかった事に興味が湧き、お寺が無くなってからお父さんの勤務先が設立されるまでに11年の空白があり、社宅がいつ建てられたのかという事も気になりました。(昔の時代ですし、勤務先の組織が設立されると同時に社宅が用意されるのではなく、組織設立後に社宅が建設される事が多いと思います。)その時期はお父さんの勤務先に聞かない限り分かりませんし、流石にそこまではしません。


昭和20〜40年代の集合住宅の基礎工事は、柱のあるところしか深く掘らなかったそうです。つまり敷地全体を掘らなかったというわけですね。そして、江戸時代の寺院墓地では、すでに埋葬された人の上に新たな埋葬をする「重複埋葬」を行っていました。実際に3層、4層で埋葬されていた例も確認されています。地面の中を「横」ではなく、「縦」に埋葬していたために2000体近くもの人々を埋葬する事ができたのですね。この件とは意図が違っているけど、アステカ文明やマヤ文明の埋葬の仕方を彷彿とさせます。


夫が住んでいた家は、約250年もの長きにわたり、この地域で暮らした人々が葬られ続けてきた場所でした。約2000体という数字は、その長い年月の積み重ねでもあるのです。夫が体験した内容は嫌なものでしたが、約2000体という数を目の当たりにすると、この地域で暮らした人々の存在が急にリアルに感じられますね。


「あなたはずっと2000人の死者の上で生活していたのですよ!」と私が夫に言うと「こええよ!!!鳥肌立って来た!」と言っていましたが、夫は自分が体験した話から私がその土地の事実を次々と調べては報告するのを興味深く聞いていました。


その土地に何があったのか、何が眠っているのかをまったく知らない人たちが、日常的に不可解な怪奇現象のようなものを体験していて、蓋を開けてみたらそこには約2000人もの死者が眠っていた。こうした事から、怪奇現象は単純に科学で説明できるとも言い切れないし、「気のせい」の一言で片付けられるものでもないなと思いました。


私の友人に風水師がいて、10年かけてその場の「気」が形成され、固定化されていくと言っていましたが、私も「時間とともに気が蓄積する」のを感じます。色々と観察していて思ったのですが、10年も経たないうちにしっかりエネルギー場が形成されてしまうことなんて多々あります。霊的な事柄という見方をしなければ、墓地にあるのは感情も思念も持たない、ただの遺骨です。しかし不思議なことに、墓地や理不尽に命を落とした場所、人が長く使っていた持ち物などに、感情や思いの残留物のようなものを感じることがあります。


見えない世界が見える私からすると、約2000人がそこに眠っていたならば、そのうちの何割かの人が思念や感情をそこに残したままにしていてもおかしくはないです。そして250年という時間が形成したエネルギー場は、10年かけて出来上がったエネルギー場よりも強固です。繊細だったり、敏感だったりする人が、そのようなエネルギー場から影響を受けても不思議ではありません。

その場所には今、高級コンドミニアムが建っています。もうそこには遺骨はありませんが、なんらかのエネルギーが残っている可能性はあると思います。

ちなみに夫は子供の頃から喘息がひどかったそうです。夫の弟はひきつけを頻繁に起こしていて、よく夜に両親が弟を病院に連れて行っていたのを見ていたそうですが、他の場所へ引っ越したら、その途端に夫も弟もそれぞれの症状が全く出なくなったと言っていました。これは霊障だったのでしょうか?もちろん彼らの症状がそうだったと言い切ることは出来ませんけど、霊障って、本当にありますからね。


霊障ではないとしたら、もしかしたら地形の問題ではないかなと思いました。物理的な問題では、空気が滞留しやすく風が抜けていかないため、喘息の人にはあまり良くない環境だったかもしれない。しかも都会の排気ガスに汚れた空気です。これは「気の流れ」とイコールです。気の流れが悪いと、マイナスエネルギーばかりが溜まりやすくなって行くので、結果的に霊障にも繋がって行くのですけどね。


本当は東京の東側のことも書きたかったのですが、この時点でかなり長くなりましたので、また今度にします。


THANKS

END


 
 
 

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