月 嶋 ひ か り

・湘南在住

・東京生まれ&東京育ち

・年代は40代後半

・武蔵野美術大学卒

・大手外資系企業での勤務を経て、

 フリーランスとなり今に至る。

・この仕事を始めてから12年が経ちました。

 

好きなもの&好きなこと  猫、海、車の運転、料理、語学、ファッション

 

好きな場所  ニューヨーク、ハンティントンビーチ、  ハワイ島すべて、リワ砂漠

 

好きな食べ物  グレープフルーツ、マンゴー、  その他のフルーツすべて、野菜全般

 

ここに来るまでの流れ 幼少の頃から霊能力が開いておりましたが、おそらく私の母が未来予知をするようなタイプだったため、もしかしたらこの霊能力は遺伝のようなものなのかもしれません。そのため、子供の頃から様々な不思議体験をして来ました。何十年も前に観てもらった占い師さんに「まあ!あなた、霊界の扉を開けっ放しで日常を過ごしているみたいなチャートを持っているわね!(つまり、そういう運命みたいな)」と言われて、興味津々に私の霊能力について尋ねられたこともあります(笑)言ってみれば、生まれながらにこの能力を持ってしまったということなのかもしれません。しかし、自分の中ではこの能力を持っていることをなかなか認めることが出来ず、人に知られたくないという思いが強かったので、今も仲良くさせてもらっている学生時代の同級生たちの誰にも伝えずに来ました。私が隠していても、会社などで毎日を一緒に過ごしている周りの人々は、次第に何かを察するのでしょうね。いつどこにいても、気がつけば周りの人々の相談に乗るという流れになってしまうのでした。その流れのお陰で、会社員時代から数え切れないほど、今のこの仕事に向かって行くための経験を積むことが出来たので、心から感謝しております。これは、企業でいうところの「インターンシップ」のようなものですね。

 

本格的にスピリチュアルな事柄を仕事にしたきっかけは、利き足の靭帯を3カ所も完全断絶してしまったことです。何ヶ月も外に出られない日々を過ごしており、あまりに暇すぎて、どこかに出掛けたい衝動に駆られていました。松葉杖を使って少しばかり歩けるようになった頃に、自宅から徒歩5分程度の場所で「スピリチュアル・アロマテラピー講座」なるものが開催されているのをネットで見つけ、正直、当時はあまり興味が無かったアロマテラピーでしたが、どこかに出かけたい!何かをしたい!という気分が勝り、参加することに決めました。そのアロマテラピーの実践の場で、練習台になってくれた人の身体に触れると、その人の様々な情報がつぎつぎと見えて来るという体験をしました。練習台になってくれた人は私に言い当てられてビックリしていましたが「なんでこんなに色々見えて来るの!?」という感じで、私自身が一番ビックリしていました。興味が無かったとは言え、折角アロマテラピーを習ったので、当時やっていたアメブロに「セッションやります」と載せたところ、いきなりたくさんの方々が私のアロマセッションを受けに来て下さいました。そして、最も信頼出来る友人が、色々な方々を紹介してくれたお陰さまで、そこからどんどん口コミが広がり、セッションを始めた当月から予約が殺到するようになり、私の使命とも言えるこのスピリチュアルな仕事が始まったのです。駆け出しの私のところへ来て下さったみなさんと、いろいろな方々を紹介してくれた友人には心から深く感謝しております。

 

この仕事を開始してから暫くのあいだは、スピリチュアル・アロマテラピーのセッションと、サイキック・リーディングのセッションを行っておりましたが、同時に、ヒーリングやセラピーに関する様々なことを学んで行きました。ありとあらゆるヒーリングやセラピーの技法を身につけたと思います。そのスキルを活かすべく、その時に私のエネルギーに合った技法をセッションに使うこともありました。日々セッションを行い、あらゆる方面のスピリチュアルなエネルギーに触れることによって、私自身が気づかぬうちに更に解放され、私の中の何かが進化して行ってしまっていたのだと思います。2013年の春に、突然私の身体が変化してしまったのです。今まで食べられたものを、ある日私の身体は受け付けなくなっていました。1週間前に同じものを食べた時は大丈夫だったのに、おかしいな???と思いました。それで次第にわかって来たのですが、理由なく何種類もの食べ物を私の身体が受け付けなくなってしまっていたのです。興味深いのが、私の身体が受け付けなくなった食べ物は、禅やヨガなどで修行する人が「食べないようにしている」と言われているものばかりでした。添加物がたくさん入っているものも今までは平気で食べていたのに、急に受け付けなくなっていました。それまでの食生活を変えなくてはならなくなってしまったため、私は好きな食べ物を食べたいのに食べられないという苦しさを何年も味わいました。見た目によらず、筋肉が結構ある体質なので、食べられなくなってしまったことで、筋肉の数カ所を痛めてしまったりもしました。

 

もうひとつ興味深いのが、急に身体がそれらの食べ物を受け付けなくなったのと同じ頃から、サイキックセンサー(霊感)が、これまでよりもさらに開いて行き始めたことです。2013年春から徐々に、少しずつ開き始めましたが、2015年秋以降は「少しずつ」どころではなく、どんどん!ガンガン!!開いて行きました。これは本当につらかったです。。。霊能者であっても、何もかも霊視で見えるというわけではないようで、霊関連は見えるけれど未来は見えないとか、チャネリングは出来るけれど過去生は見えないとか、波動には敏感だけれどオーラの情報はキャッチ出来ないなど、人によって見える範囲が異なっているようです。私の場合は、2015年の秋から数年かけて、サイキックな世界のあらゆるチャンネルが急激に開いて行ってしまいました。2020年に入ってからは開いていく速度が少し緩やかになって来ました。また、この仕事を始める少し前からずっと、心の中の引っかかりや意識のエネルギーの滞り(観念やブロック)となっているものを解放していく作業を続けていたのですが、2015年以降に霊能力がさらに開いて行く中で、その作業をさらに集中的に行っていきました。サイキックセンサーが敏感になっていくにつれて、生まれてからその時に至るまで持ち続けていた観念やブロックとなっているものを手放さずにはいられない状態になってしまったのです。それらを持ち続けていると自分のオーラの中に「何だか分からない非常な重さ」を感じてしまい、どうも心地が悪かったのです。

 

思い返せば2012年に、親しくしている占い師で霊能力もある友人が、ふと私を見て「この先、あなたには修業期間があるようだね。使命があるんだと思う。だから頑張ってね!」と言ったことがありました。それ以外にも同業の友人との集まりに来ていた霊能者の方が私を見て「ひかりさんは、もうすぐ修行の時期に入るのですね。」と言ったので、なぜ私が修行なんてしないとならないのか?と尋ねました。すると「何かお役目があるみたいだから仕方ないのだと思います。同じ霊能者でも何か役目を負わされている人には修業の時期を与えられていることがあるようなのですよ・・・。」と答えました。また、去年になって私の夫が突然言いました。「ばあちゃんが言ってたけど、あの人には(私のこと)霊的に修行しなくてはならない時期があるはずだから見守ってあげるんだよ、って結婚直後にオレに言ってたんだよ。」結婚してから既に数十年が経過しておりますが、そのようなことを初めて聞きました。夫の実家は先祖代々神社とお寺の家系で、おばあちゃんは霊能者だったのです。これらのことを踏まえると、2013年または2015年からの激動の数年間は、私にとって霊的な修業期間だったのだと思いました。そして今に至ります。これまでに私をサポートしてくださったすべての方々に、そして、こうして活動できることに心から感謝申し上げます。長くなりましたが、この自己紹介を最後までお読み下さいましてありがとうございます。これからもどうぞ宜しくお願い致します。

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