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魂の旅路における親子の出会い

  • 2025年5月21日
  • 読了時間: 14分

更新日:7月8日



4月から5月にかけて、お子さんが高校へ入学された、中学校へ入学された、小学校へ入学された、あるいは社会人になられたというお知らせを、たくさんいただきました。そして、そのようにお子さんの近況をお知らせいただけることを、本っっ当に嬉しく思っています。


子育ては人それぞれです。悩みや苦労もさまざまで、中には一筋縄ではいかないような経験をされた方も少なくありません。そのような状況に真剣に向き合ってこられた方々の人生が、少しでも早く好転することを、私はいつも心から祈っていました。


あまり言葉にして伝えるのは得意な方ではありませんので、そのような気持ちは伝わりにくいかもしれませんが、本当に純粋な気持ちで祈っていました。だからこそ、皆さんのお子さんが成長されている様子をお知らせいただけることは、ありがたさや感慨深さ、そして喜びが入り混じり、とても心に沁みるのです。


ということで、今日は、お子さんと親御さんの魂レベルでのつながりについて書いてみようと思います。(以下、敬称略で「子供」「親」と表記します。)


親子にはもちろん「縁」があります。でも、それだけでは少し表現しきれないようにも感じています。どちらかというと、「魂のつながり」という表現の方がしっくりきます。そして、そのつながりが、すべての親子で同じ強さかというと、そうではないようです。


つながりの強さは、それぞれの親子や兄弟姉妹などの組み合わせによって異なります。家族として関わる人は皆ソウルメイトだ、という話があります。確かに、魂レベルで学び合うために集まっているという意味では、そのように言うこともできるでしょう。


しかし、時折、それ以上の強いつながりを感じる関係を、波動から感じることがあります。そのつながり方は、ツインソウルとも少し違うようです。できれば、それを「ソウルメイト」と呼びたいくらいなのですが、ここでは区別するために「特別なソウルメイト」と呼ぶことにしましょう。


一方で、「特別なソウルメイト」とは別に、学びのためにやって来てくれている魂もいます。また、その両方を兼ねている場合もあります。つまり、特別なソウルメイトでありながら、学びのために何らかの役割を担っていることもあるのです。


そして、特別なソウルメイトではない魂が、子供として生まれて来たり、自分の親になっていたりすることもあります。細かな位置づけまでは分かりませんが、そのような魂は「魂レベルが上の魂」のように感じます。ソウルメイトという横並びの関係ではなく、サポートする側の魂です。


さらに魂レベルが高くなると、スピリチュアルガイド(指導霊)のような役割を担う魂にもなり得るのではないかと感じています。さまざまな方とセッションを行う中で、ご家族の波動を感じることも少なくありません。その中で、ご家族の誰と誰の魂のつながりが強いのか、誰と誰が互いに学び合っているのかを感じることがあります。もちろん、まだ私が見たことのないパターンもあると思いますが、今のところ、多くは次のような形です。


① 親と子供が特別なソウルメイト同士で、親子関係以外での学びを支え合うために親子となった。エネルギーがほぼ同等であるため、すべての親子に当てはまるわけではありませんが、時には友達や双子のように見える親子もいます。


② 親子関係そのものを通して学ぶために、特別なソウルメイト同士で親子になっている。まだ絆が深まっていない段階では、エネルギーの波長が十分に合っていないため、ごく普通の親子のように見えることもあります。


③ 親が学ぶために、「魂レベルが上の魂」が子供としてやって来ている。この場合は、子供の方がエネルギーが大きく、強く感じられます。


④ 子供が学ぶために、「魂レベルが上の魂」のもとへ生まれて来ている。この場合は、親の方がエネルギーが大きく、強く感じられます。


お客様のケースを、少しご紹介します。

ある女性Aさんは、娘さんと特別なソウルメイトです。お二人の絆はとても強く、この人生で互いに励まし合いながら生きていることを、お二人が作り出すエネルギーフィールドから強く感じます。


Aさんが母親として先に生まれて来たことで、娘さんが現在取り組んでいる大きなテーマを、少しでもスムーズに成し遂げられるよう、最大限サポートしているのです。


ところがAさんには、親戚との間に人生のテーマとなる学びがあるようでした。親戚の方々が、Aさんのエネルギーを絶えず重くのしかかるように奪おうとして来るのです。


Aさんは、人脈が広く、とても頭脳明晰で行動力があり、お一人で非常に大きなお金を稼いでしまうような方です。私は、そのためにどれほど大きなエネルギーを注いでいらっしゃるのかを知っています。ですが親戚の方々は、自分では何も差し出すことなく、お金だけを得ようとしたり、お金だけではなく、労力や精神的なエネルギーまで求めて来たりするのです。


とてもハードな学びですが、この経験も、娘さんという特別なソウルメイトの存在に励まされ、多くの気づきを得ながら、ようやく完了へ向かおうとしています。きっとまた、新しいステージが始まるのでしょう。


ところで、親子は遺伝子レベルの共通性はありますが、それ以外のエネルギーは全く異なることがほとんどです。しかしAさんと娘さんは、親子というだけでは説明できないほどエネルギーがよく似ています。エネルギーだけを見れば、まるで双子のように感じられるほどです。先ほど書いた①のケースに当てはまるのかもしれません。


もう一つ、ご紹介します。

母親であるBさんと長男くんは、とても強い魂のつながりを持っています。長男くんは、お母さんが人生で学ぶべきことを支えるために生まれて来たと同時に、お父さん、お母さん、そして自分自身の三人で学びを深めていくプログラムを持っているように感じます。


一方、次男くんは、Bさんの愛情深さを引き出しながら、精神的な支えとなるために生まれて来た、とても寛大な魂です。


こちらのご家族は、魂レベルでも一丸となって人生を歩まれているように感じます。セッションでエネルギーを拝見していると、私まで感慨深い気持ちになってしまうほどです。Bさんご一家は、②の関係に当てはまるのかもしれません。


こちらはお客様ではなく、知人のCさんのお話です。

Cさんは娘さんと二人で暮らしていました。娘さんとの間には、大切な学びの機会が訪れていましたが、その当時は、まだそのテーマに向き合える状態ではありませんでした。


Cさんは、お一人で何億円も稼いでしまうほど行動力があり、美しく華やかな方です。そのため、多くの人が自然と集まって来ます。もちろん、お金を持っていること自体が問題なのではありません。


ただ、その頃は物質的な世界にあまりにも意識が偏り、人間関係においても、世俗的な領域へ深く入り込み過ぎていたように感じました。その頃から、娘さんは心を病み始めました。その内容も、決して軽いものではありませんでした。


物質的なエネルギーや世俗的な世界は、決して悪いものではありません。むしろ、この世界で生きるためには必要なものです。でも、それと同じくらい、スピリチュアルなエネルギーとのバランスも大切なのだと思います。


娘さんはCさんにとって特別なソウルメイトではありませんでした。しかし、Cさんが何度も繰り返して来た人生の学びを完了させるために、生まれて来てくれたご縁のある魂だったように感じます。


当時のCさんは、その学びと向き合えるタイミングではありませんでした。学びにも、気づきにも、タイミングがあります。まだ向き合えない時期に、どれだけ言葉を尽くしても、心には届かないことがほとんどです。むしろ反発したり、そこから逃げたくなったりすることの方が多いでしょう。


娘さんは娘さんで、Cさんとの関係の中だけではなく、その外側でも深く学び続けていく魂なのだと思いました。Cさんと娘さんは、③のケースに当てはまるのかもしれません。


子供が二人、三人、あるいはそれ以上いる場合、「自分のもとに生まれて来てくれた子供たちは、みんな同じくらい魂のつながりがあるのだろう」と思う方も案外多いようです。でも実際には、それぞれの子供と親との魂のつながりの度合いが異なっている場合があります。


さらに、両親とは特別なソウルメイトという関係ではなくても、その家族のもとへ生まれて来る魂もいます。その場合、その家族や親族、あるいは身近な人の中に、特別なソウルメイトや、その人の学びを助けるような大切な存在が、すでにいることが多いように感じます。

これは、今まで見てきたさまざまなケースを組み合わせた一例ですが、例えばこのようなパターンがあります。


長女は父親と母親よりも魂レベルが非常に高く、今回は両親の学びを支えるために生まれて来た。そして、どちらかというと父親と共に、この三次元の物質世界や密度の高い世界について学び直す必要があると同時に、父親の三次元での学びを見届ける役割も担っていた。


次女は、両親とは特別なソウルメイトではなかったものの、長女とは特別なソウルメイトだった。両親との間には深い学びはなく、親子関係の外で、誰かに愛情を与えることを学ぶ必要があった。そのために、長女という存在が必要だった。


長男は母親と特別なソウルメイトで、それぞれが親子関係の外でも学ぶ必要があった。父親からは「絆」を学び、母親は父親との夫婦関係、さらに祖父母との関係を通して学ぶ必要があった。そのために長男は、母親を励まし支える存在として生まれて来た。


この中では、次女と長男のようなパターンを比較的よく見かけます。


また、兄弟姉妹同士が特別なソウルメイトであるケースも少なくありません。もちろん、実際はここに書いたような単純なものではなく、もっと複雑に絡み合っていることの方が圧倒的に多いです。


親や子供の存在は、生きる励みになることが多いものです。もちろん、そうではない場合もあります。でも、その親子関係の中に特別なソウルメイトが存在していると、それだけで人生にとって大きな励みとなり、大きな力にもなるのだと思います。


ちなみに私は、子供が物理的に母親のお腹へ宿る前、まだ魂の状態にある子供を感じることがよくあります。おそらくですが、その魂が母親や父親と特別なソウルメイトであるほど、母親の周りをうろうろしているように見えるのです。そうでなかったとしても、何らかのご縁がある魂なのだと思います。


また、流産を経験された方の周りで、最初に宿った魂と同じ魂が、再び母親の周りをうろうろし始めたのを何度か見たことがあります。もちろん、必ず同じ魂が戻って来るわけではありません。ですが、流産した時と同じ魂が再びやって来て、今度は無事にお腹の中で育ち、この世へ生まれて来たケースもありました。どうしても、そのご両親のもとへ生まれて来たい理由があったのでしょう。あるいは、生まれて来る前から兄弟姉妹と約束をしていたのかもしれません。とても興味深いことだと思いました。


このようなお話は、また機会がありましたら書いてみようと思います。



ここからは余談です。


5月もGWが過ぎると、あっという間に6月がやって来てしまうような感覚でいます。皆さんはGWをどのように過ごしましたか?


私はセッションがありますので、毎年GWは遠出をせず、家を掃除して整えたり、いろいろな国の料理を作って楽しんでいます。連休はどこへ行っても人で混んでいて疲れてしまいますからね。


今年も概ね例年通りでしたが、このGWは、私が大好きな東京の下町を探検してきました。

私は歴史の中でも江戸の町人文化に興味があるので、墨田区、江東区、中央区あたりは特に胸アツな場所です。今回は江戸時代をテーマに巡ったわけではなく、文京区、台東区、荒川区、葛飾区、中央区、江東区をのんびり探検してきました。



葛飾区なら柴又帝釈天があるから分かるけれど、「荒川区なんて、なんで行くの?」と、東京の人なら思うかもしれません。それは、私が港区、品川区、大田区で生まれ育ったこともあり、荒川区から豊島区にかけては昔からあまり縁がなく、とても新鮮に感じるからです。


三ノ輪周辺から町屋あたりを歩くと、築50年以上と思われる昭和の建物が数多く残っています。そのような建物は港区や品川区、大田区ではあまり見かけません。


全体が茶色く錆びた鉄階段、剥がれかけたタイル張りの壁……そういう風景に、私は退廃の美を感じずにはいられませんでした。


足立区の北千住も大好きで何度か探検していますが、こちらにも同じような古い建物がたくさん残っています。町屋や南千住、北千住周辺の昭和の家屋には、屋上に物干し台が付いている家が多いんです。これが私にはとても珍しく映ります。壊されてしまう前に、たくさん写真を撮って記憶に残しておきたいものです。


この写真は町屋や三ノ輪、日本橋の風景ですが、右下に写っている「江戸屋」の建物は、大正時代に建てられたそうです。




柴又帝釈天には、江戸時代から続くお店がいくつもあり、中には創業250年という老舗もあります。江戸川で東京と千葉を結ぶ「矢切の渡し」を初めて見て、雲霧仁左衛門の世界のように、竿で川を渡るのかと思っていました。


ところが、その日はモーターを付けて千葉側へ向かっていたのです。「えっ、モーターなんだ!」と思って、その日は乗るのをやめました笑。あとで知ったのですが、江戸川の流れによってはモーターを使うこともあるそうです。


柴又帝釈天には、昔ながらの製法で飴を作っている手作りの飴屋さんがあります。何種類か買って帰ったのですが、その美味しさには感動しました。思わず、コンビニで売っている飴が気の毒に感じてしまうほどでした。……とはいえ、コンビニの飴も美味しいですよね笑。


お昼ご飯もレストランには入りません。柴又駅前にある古いおでん屋さん「大黒屋」の軒先で、好きなおでんを選び、その場でいただきます。下町のお母さんやおばあさんが、とても気さくに温かく接してくださったことも、良い思い出になりました。



江東区は、一番よく訪れる場所です。

コーヒーの聖地として知られる清澄白河には何度も行きましたが、今、私たちの中でアツいのは北砂にある砂町銀座です。


電車が通っていないので、地元の方が中心の商店街ですが、最近では商店街好きの人たちが遠方から訪れるようになり、お気に入りの焼き鳥屋さんにも行列ができていました。焼き鳥屋さんといっても座席はありません。注文すると、その場で焼いてくださり、その場で立ち食いです。私はお酒を飲みませんが、お酒好きにはたまらない場所だと思います。


そして、ここでも楽しみはおでんです。軒先で好きなおでんを選び、立ったままいただきます。このおでん屋さんには10回以上通っていますが、今回に限って言えば、「しみ具合」は柴又の勝ちでしたね笑。


今度は北砂や東砂あたりに残る、地元の人ばかりが通う昔ながらの銭湯にも行ってみようと思っています。「ひとっ風呂浴びてけえるか!」…これを一度やってみたいのです。



中央区では、日本橋人形町から三越や高島屋の辺りまで歩きました。日本橋には、創業300年を超える老舗が数多く集まっています。和紙屋さん、浮世絵のお店、刷毛専門店、お灸に使うもぐさ専門店、刃物専門店など、歩いているだけで時間が足りません。長い歴史を積み重ねてきたお店には、やはり格の違いを感じます。


ちなみに、外国の方へのお土産には、日本の爪切りがとても喜ばれます。日本の爪切りの品質は本当に素晴らしいので、日本橋の老舗で探してみるのもおすすめです。


日本橋高島屋では、化粧品やアクセサリーではなく、私にとっての見どころは建築です。アメリカン・ボザール様式を取り入れた和洋折衷の近代建築で、その重厚で美しいデザインには思わず見とれてしまいます。重要文化財に指定されているのも納得です。



その日は一日13kmほど歩いていたので、人形町ではさすがに少し休憩しようと思い、高評価のコーヒー店に入りました。すると、その直後、隅田川に架かる清洲橋を渡って、立派なお神輿が目の前までやって来たのです。なんというラッキー。


お神輿はちょうど私たちがいたカフェの前で止まり、一本締めが始まりました。バスを待っていた年配の方も、通りすがりの方も、カフェのお客さんも、自然と一緒に一本締めに加わっていて、その一体感がとても素敵でした。



台東区といえば、上野、御徒町、浅草を思い浮かべる方が多いでしょうか。浅草は外国人観光客でごった返しているので、私はあまり近づきません。


浅草から日本堤(三ノ輪方面)へ向かうと、ところどころ江戸の雰囲気を感じられる場所があります。ただ、この一帯には吉原があります。そのため、日本堤から南千住にかけての一部には、女たちの悲しみがギュッと濃縮されているような空気を感じます。吉原で亡くなった遊女を弔う投げ込み寺もあります。なぜ「投げ込み寺」と呼ばれているのか。その名の通り、亡くなった遊女たちが運び込まれた場所だからです。「吉原は女の地獄」と言われていた理由を思うと、胸が締めつけられます。



台東区と文京区の境目には、谷中銀座商店街があります。昔ながらの寺町は、今では観光地として広く知られるようになりました。でも私は、この商店街よりも、その外れにある昔ながらの商店街の方が好みです。手作りのところてん屋さんがあったりして、味のあるお店が多いのです。


文京区の千駄木から根津にかけては素敵なカフェもたくさんあります。今回は歩くのが楽しくて止まらず、結局カフェにも入らず、そのまま根津まで歩き続けてしまいました。


ところで私、コーヒーには結構うるさいですよ笑。文京区にも気になっているコーヒー屋さんが何軒かありますので、それはまた次の機会のお楽しみにしようと思います。


探検することが好きなので、つい余談が長くなってしまいました。下町は何度歩いても飽きません。高級店にはない発見や面白さがあります。まだ墨田区の向島、立花、本所吾妻橋あたりはゆっくり歩けていないので、時間が空いたら探検しに行こうと思っています。


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